プラトンの『パイドン』ーーー(中略)ーーーには、エジプトでのプロメテウスとの同格神であるトート神についての、愛すべき神話がある。古いエジプト人の言いかただと、書いたことばを指す用語は、文字どおりには、”神々のことば“である。トートが、文字を書くという彼の発明に関して、タムス神と議論している。タムスはアモンとも呼ばれているが、この神々の王はトートに、左のように文句をつけている。
このおまえの発見は、学ぶ者の心に忘れやすさを作り出してしまうであろう。なぜなら彼らは、自分の記憶を用いなくなるであろうから。彼らは外部なる書かれた文字を信頼し、彼ら自身で思い出さなくなるであろう。おまえが発見した特効物は、記憶のではなしに回想の助けであり、おまえは弟子どもに真実ではなく、真実の類似物を与えるに過ぎない。彼らは多くのことを聞く者となるであろうが、何事も学ばないであろう。彼らは博識のようにみえるが一般に何ごとも知らないであろう。彼らはうんざりさせられる仲間となり真実のない知恵をひけらかすことになるであろう。
「エデンの恐竜」 第8章 脳の未来の進化(カール・セーガン著)
しかし一方で、そのことが今の社会に生きる人たちの情報が、あまりにも強力に処理され、人々はそれぞれ自分自身の社会への影響力というものが簡単に数値化されてしまうということにもなった。ものの考えはいくらでも伝えることはできるようになったのだけど、自分自身から紡ぎ出される自分自身の考えというものが、さして社会において重要視されなかったり、あるいは自分の意図しない無邪気な行動が多くの人からの大バッシングを呼ぶという、こんなはずじゃなかったという状況を引き起こしたりもするようになった。
神話では、プロメテウスは火だけではなく、文字や数字を与えたとされていて、そのおかげでひどい目に遭う。またゼウスが神々よりも人間が強くなることを恐れ、災厄をもたらそうとしたりもするそうだ。
技術というのは諸刃の剣であって、それ自体は無色透明で、文字や炎もそうであるように使い方を誤ると災厄をもたらすもの。
しかし一度得た技術は、後戻りをすることなく、日々進歩を重ねられていく。あるいは何かのきっかけで文明が退化するということもあるのかもしれないけれど、結局は、進歩をさらに進め、よく理解して、きちんと向き合ってうまいこと使いこなしていく、というのが最善の回答じゃないかと思った。